サードエイジとは(中級)

高齢者はサードエイジャーとフォースエイジャーに分かれる

 社会学的に、高齢者は前期高齢者(65歳~74)と後期高齢者(75歳以上)に分類されます。前者は、加齢に伴って発症率の高まる病気、たとえば癌、アルツハイマー病、認知症等の罹患率は低く、後者が高いのはいうまでもありません。認知症の発症率は、65歳以上の高齢者では6.3%、85歳以上では27.3%であり、後期高齢者では実に4人に1人以上が認知症です(小澤、1998)*

 ところが、逆に認知症の非発症率で見てみると、65歳以上の高齢者では93.7%、85歳以上では72.7%となります。つまり、85歳以上であっても認知症にならない人の方がはるかに多いことが分かります。

 この認知症の発症率をサードエイジ論的に分類すると、65歳以上の93.7%がサードエイジャー、6.3%がフォースエイジャー、また85歳以上では72.7%がサードエイジャー、27.3%がフォースエイジャーだということができます。このように、同じ年齢であっても、サードエイジャーもいれば、フォースエイジャーもいるが、年齢が上がるにつれ、フォースエイジャーの割合が増えることになります。

 高齢者だからといって、全員が認知症になるわけではなく、85歳以上でも多くは認知症にかかっていません。すべての高齢者を認知症予備軍であるかのように考えるのは行き過ぎであり、むやみに加齢を恐れるのも無意味です。大切なのは、どうすれば認知症を予防できるのかを知り、実行することです。他の加齢に伴い発症率の高まる病気でも予防が大事なのはいうまでもありません。

 

*小澤勲、痴呆老人から見た世界、岩崎学術出版社、pp. 1-21998.

 

日本人と平均寿命

 

今や男女合わせた平均寿命が80歳代(厚生労働省平成21年簡易生命表によれば、2011年現在、男性79.44歳、女性85.90)という世界有数の長寿を誇る日本も、約450年前には織田信長が「人生僅か50年」と嘆いたという話は有名です。実際に日本人の平均寿命が初めて50歳を超えたのは昭和22(1947)なので、織田信長が生きていた時代には50歳を迎えただけでもかなりの長寿の域に入っていたことになります。

ラズレットがサードエイジの開始を一般に定年退職後、たとえば65歳と想定していたことから考えると、平均寿命が65歳に達するまでの時代にはサードエイジという人生全盛期は存在しないことになります。多くの人々がファーストエイジ(就学期)、セカンドエイジ(就労期)の後、フォースエイジ()を迎えていました。かつての日本だけでなく、現在、平均寿命が65歳に達していない国(発展途上国)にもやはりサードエイジは存在せず、ほとんどの人々はファーストエイジ、セカンドエイジ、フォースエイジの3年代しか過ごせません。

日本で平均寿命が男女ともに65歳を超えたのは1959年で(男性65.21歳、女性69.88)、日本にもともと長寿傾向があったとはいえません。ただし、日本の人口高齢化の特徴の一つは、先進国の中でもそのスピードが速いことです(小川、1992)*。小川によれば、65歳以上年齢が10%から20%になるのにかかる予測年数は、イギリス79年、スウェーデン65年、オランダ49年、カナダ40年だったのに対し、日本はわずか22年でした。こうした人口高齢化の進んだ国々に日本が含まれることを、実は1980年代にラズレットも着目していました(サードエイジ論・応用知識『サードエイジの出現した先進国』参照)

 

*小川直宏「人口問題とその経済・社会的インパクト」、折茂肇編集代表『新老年学―長寿社会の成熟を目指して』東京大学出版会、1069-10841992.

 

ラズレットとは

 

サードエイジ論を広めたピーター・ラズレット(Peter Laslett; 1915-2001)は、イギリスの歴史家です。1935年にケンブリッジの聖ジョンカレッジ(St. John's College)で歴史を学び、1938年に卒業しました。

第二次世界大戦中は、ブレッチリー・パーク&ワシントン(Bletchley Park and Washington)で日本語を学び、軍事情報の翻訳や暗号の解読をしていました。ラズレットは、1980年代にサードエイジを迎える人々のいる国の一つに日本を挙げており(サードエイジ論・応用知識『サードエイジの出現した先進国』参照)、日本の人口高齢化を早くから認識していましたが、その背景には戦時中の「日本通」の影響が伺えます。

1948年、ラズレットは聖ジョンカレッジの研究仲間と共にケンブリッジに戻りました。1953年には、ケンブリッジで歴史の大学講義を任され、トリニティ大学(Trinity College)の特別研究員にも選ばれました。

1966年から退職を迎えた1983年まで、ラズレットはケンブリッジ大学で政治と社会構造の歴史に関する書物を読んでいました。この頃から、彼は高齢者の歴史的理解と改善の実践に関心を向けました。その結果、1982年のサードエイジ大学(University of the Third Age)創設に重要な役割を果たしたのです。1989年には、サードエイジ論を詳述した著書A Fresh Map of Lifeを出版しました。

ラズレットは、サードエイジ論で、人口高齢化が進んだ先進国こそまさしく退職後の高齢者が人生の全盛期を迎えることのできる国々である、と人口高齢化とエイジングをとても肯定的に捉えています。また、その視点に立って、エイジズムすなわち高齢者への偏見を強く批判しています。

このように人口高齢化とエイジングを肯定的に捉えたサードエイジ論は、老年学者に強い影響を与えました。高齢者への見方は、心身ともに衰弱し、年金という政府からの収入に頼らざるをえない者という否定的なものから、健康的で、年金で不自由なくいきいきと生活する者へと変化したのです。

 

Wikipedia (2013). Peter Laslett, http://en.wikipedia.org/wiki/Peter_Laslettより

 

サードエイジ大学とは

 

1973年、フランスのトゥールーズ(Toulouse)で、ピエール・ベラ(Pierre Vellas)が、比較的健康で活動的な高齢者(サードエイジャー)に学習の場を提供する目的で世界初のサードエイジ大学(les universités du Troisième Âgethe Universities of the Third Age)を創設しました。一方、ラズレットは独自のサードエイジ論に基づき、1982年にイギリスでサードエイジ大学の創設に大いに貢献しています。

以後、欧米を中心に、主に先進国でサードエイジ大学またはそれに類した高齢者教育機関が建てられています。日本の老人大学も、創設の発端は異なりますが、サードエイジ大学と同様に高齢者に学習の場を提供することを目的としています。

同じサードエイジ大学でも、フランス型とイギリス型とではいくつか違いが見られます。

1.フランス型サードエイジ大学は地域の伝統的大学(主に高校卒業生進学先)とも地方自治体とも密接な関係をもつのに対し、イギリス型はそれらの機関から独立している。

2.イギリス型サードエイジ大学では高齢者自らが指名したグループリーダーが講義を担当するため学術的レベルは重視していないのに対し、フランス型では学術的な講師が担当する (Chin-Shan, 2006, pp. 829-833)

端的にいえば、フランス型サードエイジ大学はセカンドエイジャー向けの伝統的な大学と同様の様式ですが、イギリス型は純粋にサードエイジャー向けのものとなっています。

ラズレットは、イギリス型サードエイジ大学の目的は、大学の成員である高齢者同士が自由に活動し合う学院を造ることだと述べています。したがって、成員自らが経営する自己援助学院形式をとっているのです。イギリス型サードエイジ大学は、地域の伝統的大学や自治体の支配下に置かれるのを避けるため、これらとは関係を築きません。また、イギリス型サードエイジ大学の職員は、高齢者自身がグループリーダーと共に人生の意味を見つけ洞察できるよう、講義では講師と学生(高齢者)との間の階層的構造ができあがるのも避けています。このように、ラズレットは、サードエイジ大学でのサードエイジャーの自治と自立を強調したのです。  

 

Chin-Shan Huang. (2006). The university of the Third Age in the UK: An interpretive and critical study. Educational Gerontology, 32(10), 825-842. doi:10.1080/03601270600846428 

 

性別とサードエイジ

 

ラズレットは、女性が、男性と同様に家計を支えるため、また子供の学費や家族旅行費等を賄うため、ますます家の外で働くようになったことを指摘しています。それでも女性は男性と比べれば退職するのが早い、つまりサードエイジは男性よりも早く女性に訪れる傾向にあります。この点でも、各年代(エイジ)の始まりは個人の選択によるというラズレットの主張は当を得ているといえるでしょう。

また、女性は、男性より長生きすることが知られています。そのため、サードエイジの期間は、女性の方が男性より長い、とラズレットは述べています。こうした意味では、女性はサードエイジつまり人生全盛期を男性よりも永く謳歌する傾向にある、といえます。逆に言えば、定年までは働かざるを得ないことが多く、寿命が女性より短い男性は、サードエイジをあまり長くは楽しめない場合があることになります。

 

参考文献

 

Laslett, P. (1987). The emergence of the Third Age. Ageing and Society, 7. 133-160. 

 

Laslett, P. (1991). A fresh map of life: The emergence of the Third Age (paperback ed.). London: George Wiedenfield and Nicholson.