サードエイジとは(応用)

退職前にサードエイジを迎える特殊な場合

 

サードエイジとは、文字通り人生3番目の年代ですから、セカンドエイジとフォースエージの間、一般には定年退職時に訪れる、とラズレットは述べています。定年退職がサードエイジの起点となるのが一般ですが、人によっては定年退職前にすでにサードエイジを生きている特殊な場合があります。

ラズレットの定義では、サードエイジとは人生全盛期のことですから、定年退職する前に全盛期を迎えている人もいる、ということです。そのような人は、ファーストエイジ(就学期)やセカンドエイジ(就労期)と、サードエイジとを併せて過ごしています。具体的には、スポーツ選手、著名な研究者、エンターテーナー、政治家などが挙げられます。たとえば、大学生でありながらオリンピックで活躍するスポーツ選手はファーストエイジとサードエイジを、また、著名な研究者、エンターテーナー、政治家は業績が著名度を挙げるがゆえに、セカンドエイジとサードエイジとを併せて過ごしているといえます。

スポーツ選手は種目によって引退の時期がまちまちです。フィギュアスケートの選手なら20歳代前後で、野球の選手なら40歳代前後で現役を引退しても、その後はコーチや解説者として名を馳せることが可能です。定年退職後も自ら研究を続ける著名な研究者、エンターテーナー、政治家は実質的に退職がないといえるでしょう。このような特殊な人々は、他の年代(エイジ)を併せ持つことができ、しかも長いサードエイジ(人生全盛期)を過ごすことができるのですから、非常に恵まれた人生を歩んでいるといえます。

こうした特殊な人々を除き、一般の人々にはサードエイジは退職後にやってきます。ラズレットが、サードエイジとは、一般には年金制度上やむをえず退職後に始まる人生全盛期だとしつつ、本来、各年代(エイジ)が誕生日や誕生日を迎える年ではなく個人の自由な選択により始まる、と強調したのは、こういう特殊な人々がいることも考慮しているからです。

 

サードエイジ出現の社会経済的条件

 

ラズレットは、サードエイジが出現した国々の条件を二つ挙げています。一つは社会的条件で、もう一つは経済的条件です。社会的条件とは高齢化社会であること、そして経済的条件とはすべての退職者に充分な年金を支給できる豊かさのあることです。

ラズレットによれば、高齢化社会の尺度は二つあります。一つ目は、セカンドエイジの始まる人々が70歳に達する可能性が男性で50%以上、女性でそれを上回ることです。二つ目は、65歳以上の人々の人口がその国全体の人口の10%以上であること、つまり高齢化率が10%以上であることです。

経済的条件について、ラズレットは、国富(たとえば、年金、公的または私的貯蓄)として、その国のGNP(現在はGNI)が世界平均の少なくとも3倍以上あり、かつサードエイジャーすべてに必要な収入(年金)が適切に配分されること、としています。

東欧諸国や南欧諸国のように人口高齢化条件のみを満たした国々では、サードエイジャーに充分な年金を支給できるほど豊かではないため、サードエイジャーの生活の質が低くなります。一方、石油産出国は経済的に豊かであっても、国民は必ずしもサードエイジを過ごせるほど長生きできるとは限りません。そのため、ラズレットは、これら二つの条件は必ず両方とも満たされなければサードエイジが出現しないとしたのです。

現在、世界的規模で人々の寿命が延び、工業化が進展しています。ラズレットは、やがて世界中で両条件が満たされ、至るところでサードエイジャーが出現するだろう、と予期しました。

具体的にサードエイジの出現した国々については、次の『サードエイジの出現した先進国』をどうぞ。

 

サードエイジの出現した先進国

 

ラズレットは、社会的経済的条件を二つとも満たした国々、つまり先進国でのみサードエイジが出現したとしています(『サードエイジ出現の社会経済的条件』のページ参照)。具体的には、サードエイジの出現は、イギリスで1950年頃、その他欧州諸国、欧州由来の国々、日本で1960年から1965年です。

さらに詳しく見てみると、1980年代現在で、ラズレットが挙げた社会的経済的条件を二つとも満たした国は16ヵ国(米国、スイス、スウェーデン、ノルウェー、カナダ、日本、デンマーク、旧西ドイツ、フィンランド、オーストラリア、フランス、オランダ、オーストリア、英国、ベルギー、ニュージーランド)ありました。

20052010年平均余命上位29ヵ国/地域(男女合わせた世界平均:67.6)は、1位から順に日本、香港、アイスランド、スイス、オーストラリア、イタリア、フランス、スウェーデン、スペイン、イスラエル、マカオ、カナダ、ノルウェイ、シンガポール、ニュージーランド、オランダ、オーストリア、アイルランド、ドイツ、マルタ、キプロス、ベルギー、マルティニーク(フランス海外県)、フィンランド、ルクセンブルク、英国、米国、ギリシャ、グアドループ(フランス海外県)となっています1)

2009年現在、GNI(国民総所得)PPP(購買力平価)による上位20ヵ国は、1位から順にルクセンブルク、ノルウェイ、シンガポール、スイス、米国、オランダ、スウェーデン、オーストラリア、オーストリア、デンマーク、カナダ、英国、ドイツ、ベルギー、フィンランド、フランス、アイスランド、アイルランド、日本、スペインとなっています2)。ラズレットが挙げた上記16ヵ国と比べると、ニュージーランドの代わりにルクセンブルク、シンガポール、アイスランド、アイルランドが入っています。1980年代に比べ、経済的に豊かになった国が増えたことになります。2009GNI PPP上位20ヵ国は、デンマーク以外すべて20052010年平均余命上位29ヵ国/地域に入っており、社会的経済的条件を二つとも満たしたこれら19ヵ国が近年のサードエイジを迎えた国々ということになります。 

 

1) United Nations world population prospects: The 2008 revision population database by the United Nations, Department of Economic and Social Affairs, Population Division. Copyright 2009 by the United Nations. Retrieved from http://esa.un.org/unpp/index.asp?panel=2

 

2) Gross national income per capita 2009, by the World Bank, 2010. Copyright 2010 by the World Bank. a Countries with no 2009 data available are excluded.

 

他の発達段階論との違い

 

ラズレットのサードエイジ論の最大の特徴は、一般には退職後の心身ともに健康な年代であるサードエイジを人生の全盛期と定義したことです。ここでその特徴を明確にするために、高齢期に関連する二つの理論、欲求段階説や活動理論と比べてみましょう。

欲求段階説はMaslowの理論として有名です。Maslowは人間の欲求を基本的欲求と成長欲求とに分けました。基本的欲求は、生理的欲求(空気、水、食物、庇護、睡眠、性)、安全と安定の欲求、愛・集団所属欲求、自尊心・他者による尊敬の欲求に分かれます。成長欲求は、真、善、美、躍動、個性、完全、必然、完成、正義、秩序、単純、豊富、楽しみ、無礙、自己充実、意味から成ります。これらの欲求は一般に下位のものが満たされれば次の欲求が求められ、それが満たされるとさらに上位の欲求が求められる、としています。また、それぞれの欲求を人間の発達段階にあてはめることもできます。乳幼児の欲求は生理的欲求、児童期は安全と安定の欲求、以下順に青年期、成人期にあてはめると、最後の成長欲求が老年期の欲求となります。成長欲求の中の自己充実は、ラズレット理論におけるサードエイジ(一般に退職後の健康な年代)を人生充足期とする考え方と一致します。しかし、Maslowは、ラズレットと違って、高齢期が人生の全盛期とは明確に定義していませんし、心身の衰弱した年代や死も想定していません。

一方、アメリカの4大老年学理論(離脱理論、活動理論、継続理論、交換理論)の一つである活動理論は、高齢期に活動的であればあるほどよいという理想を前提としています。Lemonらは、高齢期に役割の喪失が少なければ活動度が大きい、活動度が大きければ役割支持が多い、役割支持が多ければ自我概念が肯定的であり、自我概念が肯定的であれば生活満足度が高い、としています。高齢期であっても確かに活動的であればあるほど社会関係を多く築くことができ自己充足度が高まりそうです。しかし、ラズレットと違って、年齢が高くなればなるほどどうしても次第に心身に衰えが来ることまでは想定していません。

このように、高齢期のうち健康、活発、積極的な年代(エイジ)を人生の全盛期(サードエイジ)としつつも、やがては心身ともに衰弱した年代や死(フォースエイジ)を迎えるとしたラズレットのサードエイジ論は、著名な成長理論や老化理論と比べても当を得ているといえます。 

 

Lemon, B. W., Bengtson, V. L. & Peterson, J. A. (1972). An exploration of the activity theory of aging: Activity types and life satisfaction among in-movers to a retirement community. Journal of Gerontology, 27, 511-523. 

 

Maslow, A. H. (1954). Motivation and personality. New York: Harper. 

 

Maslow, A. H. (1968). Toward a psychology of being (2nd ed.). New York: D. Van Nostrand Co.

 

老化に関する14の恐怖

 

サードエイジ(一般には退職後の健康な年代)を人生の全盛期、と高齢期を非常に肯定的に唱えたラズレットですが、実はセカンドエイジの人々の方がもっと脅えるかもしれないがと断りつつも14種類の老化の恐怖を挙げています。老年学の課題はいかに肯定的な高齢期を過ごすかを提示することにあるため、高齢期に関する理論は肯定的なものが多いのですが、ラスレットのサードエイジ論だけは14種類の老化の恐怖という現実的な側面をも併せもっています。

14種類の老化の恐怖とは具体的には以下の通りです。

1.死

2.アルツハイマー病で代表される老朽

3.癌、心疾患

4.中度または高度の視覚消失、聴覚消失、跛行、失禁

5.身体の衰弱、精神機能の低下および疾患

6.美しさ、魅力、受精力、性的能力の喪失

7.名前、出来事、人々、体験が思い出せないこと

8.聴覚、視覚、嗅覚が鈍ること

9.近距離・遠距離であれ移動できなくなり、屋内に閉じこもらざるを得ず、行き場所もすることも選択の余地がなくなること

10.高齢による稼得能力の喪失、退職または失業

11.稼得の低下および事業所からの退出から来る、低下する能力を挙げるまでもなくただひたすら高齢であるがゆえに、地位、社会的地位、家族内の私的な地位が政治的、社会的、経済的に低下すること

12.配偶者、兄弟、親戚、友人、家族の喪失と、その結果としてのわびしさ

13.マイホームの喪失、他者と同居または老人ホームに住まねばならない状況

14.老い先が短くなること、選んだ人生計画が充足できない苛立ち

 

参考文献

 

Laslett, P. (1987). The emergence of the Third Age. Ageing and Society, 7. 133-160. 

 

Laslett, P. (1991). A fresh map of life: The emergence of the Third Age (paperback ed.). London: George Wiedenfield and Nicholson.